君は優しすぎる、と言われたときに考えたこと。

(恋愛において)別れの理由を説明されるようなセリフだけれど、

転職して、会社を去っていく女性の先輩に、

「君は優しすぎるね」

って言われた(言われてしまった)。

1ヵ月くらい前に言われた言葉なんだけれど、

ずっとわたしの中になぜか留まっている。

その先輩とはそんなに親しいわけじゃなかった。

それでもなんだか、わたしをすごく分かっている人からもらった言葉みたいに残っている。

学生のとき、「中庸」って言葉を習った。

多すぎても、少なすぎてもだめです、みたいなことだったと思う。

大は小をかねるっていうけれど、

大きすぎると場所もとるしやっぱり不便だったりするよなぁ

ってお皿のことを想像して、当時すごく納得した。

あるとき、スケート選手が、コーチから言われた言葉をテレビで紹介していた。

「Don’t think too much.」

考えすぎるな。

浅田真央選手がインタビューで答えていたときだったかもしれない。

(正直記憶があやふや)

まぁ、とにかく、その言葉をもらったスケート選手が、

考えなきゃいけない。でも、考えすぎてはいけない。

それに気づいた、って言っていて、

なるほどって、わたしにもなんだかすとんと落ちた。

「優しい」って、きっと褒め言葉なんだけれど、

先輩がわたしに言った、「君は優しすぎる」は、

どちらかというと、忠告みたいなかんじだった。

たぶん、主張してぶつかることや嫌われることを恐れて、

結局理不尽なことや人がいやがることを受け入れてしまいがちなわたしを、

その先輩は見抜いていたんだと思う。

その先輩はみんなに慕われていて、悪くいう人を見たことがなかった。

そんな先輩が最後のお別れ会で、

上司にけんか売った話やキレた話を笑いながら語っていた。

その姿を見たときに、

なんだかわたしの優しさってほんとの優しさとは違うなってすごく思ったりして。

ぶつかっても、けんかしても、

別に魅力が減るわけじゃない。

むしろ、そうやってちゃんと思いを伝えられる人のほうが、ずっと魅力的だと思う。

わたしはというと、

ぶつからない、主張しない、そんなふうにして

「優しいね」って言葉を受け取りながら、

心の奥で、

なんでこんなに我慢しなきゃならないんだろうって思っていることがたくさんある。

ほんとは、「優しいね」じゃなくて、

「優しすぎるね」って言葉が必要だったんだなって今更気づいた。

言うこと言わなきゃだめだよって、気づかせてくれたような気がする。

優しいことは大事なこと。

でも、理不尽なことを受け入れたりだとか、

不当な扱いを拒まないとか

そういうことは優しいの範囲から外れている。

たぶん、いますぐ、自分の「いいですよ、大丈夫ですよ」

みたいなスタンスを変えることは難しい。

けれど、少しずつでいいから、相手のリクエストにたとえ反していても、

とりあえず、

「わたしはこうなりたい」

「こうあってみたい」

その思いを伝えていきたいなと思う。

「優しすぎるね」って言葉が、

ちょっとぐらい、わがままになってもいいんだって

そう気づかせてくれた気がする。

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