自分を守るために、善良な人と距離をおかなくてはいけないときもある

いま、自分は下降しているのか、

上昇しているのか、

向かい風なのか、

追い風なのか。

ふとしたときに、考えてしまって、

「あ。

どう考えても、向かい風だな。

だれがみても、わたしと入れ替わりたいって思うことはないだろうな。」

そんなふうに思ってしまうことがあります。

お給料も少ないし、

才能も見つからないし、

恋人もいないし。。。

そんなありすがわのすぐそばに、

勝ち組といわれる職場にいて、

お給料もたくさんもらって、

恋人もいて…。

何もかも上手くいっている(ようにわたしには思える)人がいます。

たぶん、誰しもが同じ状況を経験したことがあると思う。

みんながみんな、幸せで満たされている状況なんてそうそうない。

頭ではわかっているけれど、

その人がとなりにいると、

わたしは辛い。

心がわかってくれないんです。

なんかうまくいかないな、ってとき、

上手くいっている人の姿は、

どうしても、

ーもしかしたら自分がちっさい人間だからなのかもしれないけれどー、

自分の不幸せを助長させてしまう。

しかも、たちの悪いことに、

その相手が、善良で、やさしい人であればあるほど、

そんな人に対して、苦しみを感じている自分に嫌になって、

より一層苦しくなってしまう。

ありすがわのそばにいる人も、

とっても優しい人です。

尊敬しています。

だから、とっても苦しい。

「そういうときどうしたらいいんだろう。」

考えて、わたしは、

苦しい気持ちに蓋をして

無理して会うことをやめ、

すこし距離を置くことにしました。

もう1年弱くらい連絡とっていない気がします。

本来、すぐそばにいた人なのに。。。

悲しい選択でしょうか。

でも、

これは、他でもない、

自分を守るために、したことです。

はあちゅうさんや、林真理子さんも、

自分の生活の変化によって、

周りの人が入れ替わってしまうのは仕方のないことだと言っていました。

最初、それを読んだとき、

わたしは、なんかさみしいな、って思った。

でも実際、わたしと、その人は、いま、ちがうステージにいる。

その人も、わたしと会うとき

たぶん気をつかっている。

わたしも、その人と会うとき

自分を卑下したくなる気持ちを隠すことにすこし疲れてしまう。

きっと、お互いにとってよくないんです。

人が、人と疎遠になる理由は、いろいろあります。

わたしは、わりと、

一度できた縁は長く続くほうだけれど、

それでも、いっときすごくすごく親密になった人が、

けんかしたわけでもなんでもないのに、

波がひくように、

それはそれは自然に、

遠くなってしまったことがあります。

それはたぶん、ステージが別になった、ってことなんだと思う。

この場合、わたしと彼女のステージは平行にあるけれど。

わたしは、自分を守るために、

善良でやさしい成功者と距離を置くことを選んだけれど、

近い将来、

きっと、同じステージにたって、

また話したい、と思っています。

だから、いま、がんばる。

そうしたら必ず、

風向きも変わるし、

波もやってくると信じています。

やさしくて、いい人なのに、

会いたいと思えないとき。

そんな自分を責めないで、

少し距離を置いてみても大丈夫だと、わたしは思います。

だって、離れるのがさみしいくらい

やさしくていい人なら、

また交わりそうになったとき、

また交われるほど

自分自身が強くなって、元気になったとき、

相手も、そのやさしさと寛大さで、

きっと受け入れてくれるはず。

そうわたしは信じる。

また出会うときに、恥ずかしくないように。

その気持ちを糧にして、

この向かい風を、下降気流を乗り越えよう。

そんなふうに考えてみても、

それはきっと間違いじゃない、

わたしはそう感じています。

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