うらやましさと向き合う。

以前、

自分を守るために、善良な人と距離をおかなくてはいけないときもある

という記事でも書いたけれど、

20代という、これからのキャリアや人生をつくる土台の最中にいるいま、

どうしても、

人と比べてしまって

苦しくなる瞬間や、だれかをうらやんだりする自分に出会う瞬間があると思います。

先日、前職の同期から連絡があり、

わたしが行きたいなと思っていた部署に異動になったと報告を受けました。

LINEだったから、わたしはすぐ、

「おめでとう」

「すごいね」

って言えた。

でも正直、こころのなかでは、羨ましくて仕方なかったんです。

ありすがわは、転職して、

お給料がだいぶ下がりました。

家賃の補助も少なくなって、

ほしいものも簡単には手に入れられないし、

買う洋服の価格帯も下げなくてはいけないし、

使っている化粧品も、

もっと安いものに切り替えようと思っているし、

外食も控えるようにしています。

会社にお弁当をもっていくと、

えらいねっていわれるけれど、

わたしはその言葉の真意が、

貧しいのね、に聞こえてしまう。

たぶんそう思ってしまうわたし自身の心が貧しいからなんだと思うけれど。

話を戻します。

元同期から連絡のあった夜。

うらやましい気持ち、

いまの自分の立ち位置、

その子と比べたときの自分の惨めさ。

そういったものと向き合わなきゃいけなくなり、

とたんに自分の選択に自信が持てなくなってしまって。

ありすがわはなんとなく両親に電話しました。

なんですかね…、

ありすがわは昔から、本音というか弱音をはける相手がいなくて、

悩みなんてない奴だと思われている気がしてて、

とくに羨ましさ、という気持ちは、親にしかいえないことが多い気がします。

がんばっているのに報われないこと、

人の成功が自分の悲しみとなってしまうこと、

周りの人がうらやましくて苦しいこと。。。

いろんなことを吐き出して、

気がつけば泣いていました。

悲劇のヒロインぶってる。

自分でもそう思います。

でも、泣かなきゃ前を向けないこともあるじゃないですか。

冷静になれば、

生活はできるし、

食べてもいける。

わかっています。

20代っていうのは、たぶんいろんなことのベースができるときです。

分かれ道がいっぱいある。

今のわたしは、

まだ捨てた道が恋しいのです。

”選べなかった”未来のような気がするけれど、

それは確実に”選ばなかった”未来で、

そして、それは逆に選んだ未来が目の前にあるということなんだと、

自分に対しても何度も言い聞かせています。

わたしが捨てた道に、わたし以外の人が、残るという決意をして今もがんばっている。

だれかの成功はうらやましい。

まだわたしが、こっちの道で何も残せてないからです。

両親に電話したとき、

父がこういいました。

「まだ若いんだから。

これから何が起こるかわからないんだから。

でも、今をがんばるしか、方法はないんだよ」

と。

ありすがわは羨ましい気持ちと向き合うことが苦手です。

それは自分の環境や現状を直視することが怖いからなのかもしれない。

でも父のいう通り。

今をがんばるしかない。

わたし自身の人生を生きるしかない。

そういうことなんですよね。

20代。

23歳。

まだまだ子どもだもん。

嫉妬することがあってもいいよね。

たまに泣いてもいいよね。

あんまり明るくない記事を書いてしまいました。

まあいっか。

そんな日もある。

明日からまた、がんばります。

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