幸せの順番♯波乱万丈には憧れないけれど

最近、身近な人に大きな幸せがありました。

誰かの幸せを自分のことのように喜ぶ…

ってことができたらいいのだけれど、

色んなことが上手くいかないなって、

落ち込んだり、這い上がったり

そういう日々の中で、

素直に、正直に言えば、

何で私だけ……

そう思ってしまいました。

幸せのそばになんていたくない。

だって自分の不幸せが鮮明に見えてしまうから。

そんなこんなで、少し落ち込む日々でした。

今は、季節で言うと冬のイメージで、

道でいうとトンネルの中みたいなかんじ。

生きているし、家もあるし、健康だし、

何にもないわけじゃないのに、

どうしてもそんな気持ちが広がっていく。

ないものばかりに気づいてしまう。

恋人とか、お金とか、名誉とか、そんなもの。

そんなもの、なはずなのに、のしかかってくる。けっこうな重さで。

がんばってもダメみたい。

意味なんてないみたい。

そう学び始めたけれど、

でも、どこか頭の奥の方で、きっと順番が回ってくるってそう思っている。

信じてるって言った方が近いかもしれないけれど。

誰かが幸せになるためには、誰かが不幸にならないといけない。

そう思っていました。

でも、反対から見たら、

苦しいときは、誰かに幸せをわけてるとき。

順番はぜったい回ってくる。

分けた分が、きっかり返ってくるかはわからないけれど、

ずっと分けっぱなしなんてことは絶対ない。

波乱万丈な人生に、わたしは憧れないけれど、

波のない人生なんてどうやっても送れないとも思います。

大きな潮がきたら、

大きな引き潮になる。

大きさは、くるときも返るときも同じ。

大きさが小さかったら、

穏やかな人生に見えるだろうし、

大きかったら、派手にみえるんだろうな。

前に、大きな不幸を味わいたくなかったら、

幸せを限界まで集めないで、

腹七分、八分くらいで手放す、というか

誰かに渡しなさいって聞いたことがある。

幸せって、バトンみたいなものなのかもしれない。

早く順番がまわってきて、

っていうのは本音です。

待ちくたびれたっていうのも。

先日、大学時代の友だちと3人で女子会みたいなことをしました。

同じ20代前半の子が集まると話題はやっぱり恋愛で。

3人とも彼氏がいなかったんだけれど、

恋愛に対する思いはそれぞれ。

わたしは誰かに自分を変えてほしいとは思わない。

というより、変えられるのは自分しかいないんだと信じています。

だから、望むのは、わたしの変化だって受け入れてくれる人。

経理の仕事を手にしたい。

書く仕事もやりたい。

その夢と共存していてほしくて。

そして、その延長で結婚もあってほしい。

そう思ってしまうんですよね。

でも周りの子はわりと、恋愛一本ってかんじです。

わたしは貪欲なのかもしれません。

それほど誰かに尽くしたことがないからなのかな…。

あなたが幸せなら、わたしも幸せ、みたいな、

そんなことってあるの??って思ってしまうんですよね。

恋愛も、夢も、何もかもが順番待ちのときは、

とにかくひとりで完結できることを、一生懸命するしかないんだと思います。

何もしなくても、回ってくるのかもしれないけれど、

ただ待ってるのは性に合わないから。

がんばっても無駄だなって思いながら、

やっぱり頑張ることで、時間を埋めることが好きだったりするんですよね。

自力でできることって少ない。

でも、自力でできることもやんなかったら、

すんごく弱い人間になってしまう気がします。

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