口にするもの、耳にするもの、目にするもの

先日、転職によるストレスなのか血尿になってしまい、

病院にいったときのこと。

時間つぶしにと、雑誌に手をのばすと、

泌尿器科という、なかなか客層が偏りそうな場所だったせいか、

ラインナップもちょっと特殊で。

20代女子むけの雑誌はなく、

なぜか置いてあった

「VOGUE」を手にしました。

目が止まったのは、

宇多田ヒカルさんのインタビュー。

そこで、彼女がこんなことを言っていた。

口にするものと同じくらい、目にするものや耳にするものも大事だと思う

どんなふうに育ったか、という質問に対して、

よく本屋に行き、好きな本をたくさん買ってもらった、

と答えていて、

その流れからの、この言葉だったと思う。

ありすがわは普段から、そして10代から、

あんまり若者言葉を使わずに来ました。

丁寧に言葉を選ぶことが、美しいと思ったから。

いや、

丁寧に言葉を使う人が、美しく見えたから。

そして、

きれいな言葉や表現で紡がれた物語とたくさん出会ってきたから。

ありすがわの好きな作家、江國香織さんの物語に出てくる女性たちは、

よく

「素敵」

って言うんです。

「素敵」ってすてき。

わたしは読むたびに思った。

「素敵」って言葉が、もちうる語彙のなかで、

すごく手前にある女性に、わたしは憧れた。

すぐに出せる。

なんて素敵なんだろう、と。

それからわたしは頻繁に素敵っていうようになった。

最初はまねしてるみたいで少し恥ずかしかったけれど、

しだいに言葉がわたしにくっつくようになった。

素敵って言っているとき、

ありすがわは、少し、自分を素敵に感じているような、そんな気がする。

たぶん言葉が、ちょっとだけ、わたしを作り替えているからなんだと思う。

食べものと同じように。

ちゃんと吸収されていく。

学生時代、

真面目な子、落ち着いた子、って思われていると気づいたとき、

それはイコール面白くない子なんだと思われていると解釈していたとき、

わたしは意識的に刺のある言葉を使ってみたり、

攻撃的なことを言ってみたりした。

だけど、いつも、わたしじゃない気がした。

そのうち面倒になった。

どう見られたいか、を考えなきゃ付き合えないような付き合いなら

もういらないやと思って、

がんばるのをやめた。

そのとき思ったこと。

人と、言葉はつながっている。

人は言葉で自分を表すし、

同時に、言葉は自分を表すのだと思う。

だから自分を変えたいと思ったら、

体型を変えるためにヘルシーなものを食べるように、

なりたい自分が使っていそうな言葉をつかわないといけないんだと思う。

宇多田ヒカルさんのインタビューで、そんなことを考えました。

そういえば、

以前、お寺に修行体験に行ったとき、

お坊さんにどうだった?

と聞かれ、

わたしはとっさに、

「おかげさまで、乗り越えられました」

と答えた。

するとお坊さんに

「おかげさまって、良い言葉だね」

と言われたのを覚えている。

すごく嬉しかった。

言葉はわたし自身だから。

自分を褒められたような気持ちになったんです。

これからももっと、本を読もう。

良い表現と出会って、

わたしの一部にしたいなぁ。

そんなことを思った、

待合室でのひとときでした。

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