誰かに救われた経験を、一度だけしておくべきなのかもしれない。

今年もあと10日あまりになってきて、

思い出すのは

やっぱり転職したこと。

環境がかわって、

生活も変わった。

いろんなことがあった一年間を通して、

苦しかったり辛かったりするときに、

誰かに助けてほしいってすごくすごく思ったけれど、

けっきょく、すべてのことはひとりで乗り越えなくてはいけないんだなぁと、

そんな当たり前のことにも改めて気づいてみたり。

たしかに、苦しいな、辛いなって思うときに、

誰かにたすけてもらったことって一度もないし、

むしろひとりでなんとかするべきなんだとさえ思ってもいるけれど、

でも、一生に一度くらいは、

だれかの存在で、救われてしまったっていうような、

そんな経験をしておいた方がいいんじゃないか・

すべきなんじゃないかなとも思っていて。

あの人にこんな言葉をかけられたから

苦しい状況を乗り越えることができた、みたいな、

そういう経験が一度でもあったら、

なんだかそれはとても幸せで、

そんな経験を持てている人はきっと人を信じていけると思う。

助けてほしいって思うとき、

いつもいつも、

天は自ら助くものを助く

って言葉を思い出す。

なんだかその言葉には前向きな姿勢しか感じられないんだけど、

わたしはどちらかというと

誰も助けてなんてくれない

だから自分でなんとかするしかない。

そんな思いで腰をあげているような。

この一年、いろんなことを、

なんとかして自分の手で動かそうとしてもがいた。

新卒でコンビニの会社に入社して店舗勤務をしていたとき、

ふと泣きたくなることもたくさんあったけれど、

ぜんぶ、その涙は自分の手で拭いてきた。

だからきっと強くなっていると思う。

じぶん自身のこと。

でも同時に、だれかの優しさに、ちょっとした優しさに、

驚くほど弱くなっている自分がいることに気づくときがあって。

そんなとき、ぜんぜん強くなんてなれやしないと気づくし、

ほんとはもっともっと優しさの中に溺れてみたいって思う。

むかし、高校生や大学生のころ、

いろんなことに悩んで迷っては、

強くなりたいって思っていた。

でも最近、そんなに強くなんてなれないってことだけじゃなく、

そんなに強くなる意味なんてどこにあるのって思いはじめている。

ひとりで立っていけない大人なんてみっともない。

人前で泣いて同情誘う人間なんて下劣だ。

そう思っていたけれど、

人の優しさに浸ったことのない人なんてほんとはちっとも人間らしくなくて

そっちのほうが魅力的でないんじゃないかって思うようになってきた。

誰かに支えられることも知ってた方がきっといい。

だから教えてっていって、教えてくれるような環境にないから

魅力的でない強さばかり得ている気もするけれど。

そんなことを夜中の帰り道で考えていた。

12月ってなんだか気持ちが不安定になりがちだなぁと思いながら。

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