【転職】名前の呼び方問題

転職してからずっと、気になっていることがある。

前の会社はちがったんだけれど、

今の会社は社員どうし、

ほとんど名前で呼ぶ文化。

お互いに

〇〇ちゃん、とか

あだ名とかそんなかんじ。

そんななか、

わたしは3ヵ月がたった今でも

〇〇さん、と呼ばれている。

”異分子”

そんな言葉が頭をよぎる。

馴染んでいない自分

それに、名前を呼ばれるたび気づく。

気づかされる。

気にしていない

そんなふりをしながら、

そんな小さなことで、と自分を嗤いながら、

気づくと

少し気持ちが沈んでいる。

こんな状況から名前で呼んでもらえるようになれるのかな

心の小さな自分は、

そんな不安を抱えながらOLとしての日々を重ねています。

以前、どこかで、

相手の名前を積極的に呼んであげましょう。

そう習いました。

人間関係を円滑に進めるためのコツらしい。

たぶんそのときの「名前」って、

名字でも、名前でも、あだ名でも

なんでもよくて

すべてを指していたと思う。

でもわたしは名字で呼ばれるたび、

名前で呼ばれている人のちょうど

2倍くらいの距離が、相手との間にあるような気がしてしまう。

だから正直なところ、

その環境が、名前をどう呼ぶ文化なのかによって

相手との距離感は変わっていくものだと思う。

ちょうど相対評価みたいに。

だって前の会社では、みんな名字呼びだったから、

どう呼ばれたってなんにも思わなかった。

今の会社での小さな悩み。

いや大きな悩みなのかな。

わたしはストレスを測る力が弱いから

いつも鈍感すぎて

見逃してしまう。

自分の限界値を。

そんなふうに悩んでいた夜、

自分でつづったブログの中に、

心を癒されるものがあった。

「村上春樹の処世術」

っていうタイトルの記事。

村上春樹のエッセイの中で、人生における2大キーワードは

・それがどうした

・そういうものだ

と紹介されていた、ということを書いたもの。

最近古い付き合いの友人と久々に会った。

転職したことを初めて伝えて、

前の職場での大変だったことをふと思い出していくつか話した。

「きっとその場所ですごく成長したんだね」

その人はそういった。

そして、

「成長ってさ、しようと思ってすることじゃなく、気がついたらしてることだよね」

っていうような話も、なぜか、した。

そのとき、

いろんな悩み事のあれやこれやの、

ほんとうの大きさは、あとにならないと分からないのかもしれないな、

そう思った。

自分にもたらす影響、

自分がかわっていく可能性、

それらをどのくらい持ちうる出来事かなんて

そのときには分からない。

名前問題。

解決の糸口はまだまだ見つからない。

「そういうものだ」

諦めるのもひとつ。

名前で呼んでもらえるように

がんばってみるのもひとつ。

どっちにしろ自分で決めること。

今のところ、がんばるほうを選びたいと思っている。

OLひよっこの悩み事。

ほんとうの大きさは、どのくらいあとで分かるかな。

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