村上春樹の処世術。

今年の夏は、転職という大きなイベント?があったこともあって、

ありすがわはどこにも出かけないまま

夏を終えようとしています。

そんなこんなで、

ふと、去年の夏を思い出した。

女2人で行った、函館旅行のこと。

2日目は函館から大沼という自然豊かな場所にいって、

サイクリングをしたり、

BBQをしたり。

午後になって急に雨が降ってきて、

2人でぽつんとあったカフェで雨宿り。

そのカフェには看板猫がいて、

猫にまつわる本や置物がたくさんおいてあった。

そこになぜだか村上春樹の本がちらり。

ん??

って一瞬思って、

その次には

あ。

ってなった。

そういえば、村上さん、猫好きだったなぁ。と。

手に取ったエッセイらしき本をぱらぱらめくっていると、

とあるページで手がとまった。

そこにあったのは、村上さんの考える、人生における2大キーワード。

それは、

「それがどうした」

「そういうものだ」

の2つらしい。

村上さんによれば、

その2つを心に留めておけば、大抵のことはなんとかなるのだとか。

たしか、こんな分かりやすい場面で説明もしてくれていた。

例えば、電車が遅れたとき、

「そういうものだ、しかたない」

例えば、電車が遅れて遅刻したとき、

「それがどうした」

…みたいな。

ありすがわは、そこそこ本を読むので、

村上春樹の本もいくつか知っている。

でも正直なところ、

わたしには合わなくて、

海辺のカフカなんて3回もチャレンジしたのに

読破できなかった。

だけど、村上さんのエッセイはすごく好き。

村上ラジオはお気に入りの一冊だったりする。

数あるエッセイの中でも。

(ちなみに読破できた小説はノルウェーの森と、風の歌を聴けの2つ)

エッセイを読むと分かるのだけれど、

村上さんはなんというか、

わたしの個人的な感想だけれど、

熱量が少ない人だなぁ、と思う。

それはぜんぜん悪い意味じゃない。

過度に燃えすぎないというか。

風にゆられて強さが変わっていく火のように、

ゆらゆらしているかんじ。

だけど、芯はあって、

なんだか不思議。

村上さんの2大キーワードを読んだとき、

自分に足りないところを鋭くついていて、

つきすぎていて、

旅先に現れた小さな言葉なのに、

1年後の今日でも思い出してしまうくらい、残っている。

そう、わたしは何事にたいしても、

村上さんと正反対で、

こうあるべき、という姿を押し付けすぎて、

どうしてこうなるんだ、

っていつも思ってしまう。

それがどうした。

そういうものだ。

この2つの言葉を忘れずにいなきゃ。

わたしにこそ必要なキーワードだから。

夏になったら北海道旅行のことを思い出し、

雨に打たれて猫カフェに行ったことを思い出し、

それから村上春樹を思い出し、

このキーワードを思い出そう。

そんなふうにありすがわは思っている。

まあ、でも、

忘れてしまったらこう思えば良いのだけれど。

それがどうした。

そういうものだ。

と。

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