こころに効く小説の書き方/三田誠広

文藝賞落選を受けて、

まず小説の書き方を勉強してみよう、と思い立ち読んでみました。

図書館で借りた本です。

ほんとは違う本を借りたかったのだけれど、

その本が貸し出し中だったのでその近くにあったこの本を手に取りました。

正直、小説なんて習うより慣れろ、的なものだと思っていたのですが、

読んでみると気づくこともたくさんあって・・・。

こういった本を読んでから書くことは、

=才能がない

ってことを認めるような気持ちにもなります。

でもね、何事も基本って大事なんだなぁ。

読んでいて、そう思わされました。

もちろん、何にもせずに、初めて書いてヒットする人もいるでしょう。

でも大半の作家がそうじゃないし、

わたしの好きな作家も文学部を出ていたりする。

(たぶんこの本に書いてあるようなことを授業で習うんじゃないかな)

だから、変なプライドを持たずに、書き方を学んでみるのもいいと思いました。

ただひとつ思ったことは、

一度何かしら書ききった後に読む方が効果的だということです。

自分の書いたものを振り返りながら読めるので、

こうしたらいいのかなと、自分に落とし込みやすくなる気がしたので。

そういう意味では、ただがむしゃらに書いた経験もむだではないと思いました。

内容について感じたことを少しメモ。

キャラクター>ストーリー

これが一番大きな発見。

こういう物語を書きたい、という思いよりも、

こういう人間を描きたい。

その気持ちで小説というのは進んでいく。

そもそも小説とは、人間ひとりの生き方を描くものなんだと。

自分の文藝賞応募原稿を思い返すと、

ストーリーが先にあって、キャラクターはそれに沿って動いていました。

逆なんだ。

それは驚きでした。

キャラクターがしっかりあれば、勝手に動いていく。

その感覚を味わってみたいな。

キャラクターを説明しない

明るい性格で、とか書かない。

キャラクターを動かして分からせる。

明るい性格だったら、こういうときなんて言うか、なんと思うか、

それを積み上げていく。

異化する瞬間を描く

意識がかわるとき、なにかに気づくとき、

その変化を描くことが、小説だし、人間を描くってことなんだと。

書き手と主人公の距離

これは難しいなぁってわたしも実際に書いていたとき思いました。

読んでいて気づいたのは、距離はひとつの小説の中で動いていっていいものなんだということ。

主観小説であっても、ときには離れてみたり

山場ではほとんど一体になってみたり。

はじめて書いた小説は一人称主観小説だったのですが、

距離がずっと近くて、ほとんど独白みたいになっていた気がしました。

どうやったら主観小説でも距離をとれるのか?

その答えも書かれていて、

それは、

構造を意識すること

たとえば、失恋やリストラも、本人にとっては大きな問題だけれど、

社会全体を見るとありふれたお話。

つまり、社会という大きな構造を意識しつつ書いてみる、

ってことが距離をとることに有効なんだって。

視点をぶらさない

わかっているのに難しいんだよなぁ。

あれもこれも説明したくなって、頻繁に視点がうつることのないように。

力みすぎないことが大事なのかもしれない。

あと、この作者さんは、主観小説をおすすめしていました。

ひとりの人間の目から物語を語るって手法。

まとめ

あれやこれや書いてあるので、すべてを守ろうとすると

書けなくなるかもしれない。

個人的には、ストーリーよりキャラクターを大事にする、という言葉が一番残ったので、

展開を決めず

キャラクターに走らせるように書いてみたいなと思いました。

ほかにも、

・欧文脈を使わない

・欲望と壁を設定する

とか色々な指導がありました。

読んでみて、もう寿命を迎えたと思っていた、

予選落ちした文藝賞応募原稿にもう一度向き合ってみようという思いが芽生え・・・。

三人称主観小説に変えて、

時系列も変えて、

キャラクターを意識しながら

書き直してみようと思ったのです。

また図書館で書き方の本を見つけたら借りてこようかな。

作家を目指す皆さんも一度読んでみては・・・?

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