どんなときも、自分は自分の味方でいる。

OL3ヵ月目。

いま、仕事の仕方としては、

仕事をふられる→自分でやる→先輩のチェック

→OKなら次に進む

こんな感じ。

先輩のチェックをとばして、自分で次の仕事へとりかかる、

なかなかそのフェーズへ進めない日々。

先輩に見せる前に何度も見返す。

けれど突き返される。

自分でも焦っていたら、

先輩に

「わたしが確認するからって油断してない?

このままじゃ一皮むけないよ。

もっと責任持たなきゃだめだよ」

と言われた。

静かな職場の中で。

先輩のことばが響いた。

みんなが聞いている。

みんなからだめな子って思われる。

はい…。

それしか言えない。

もともと自分でもわかっていたことだったから、

他人から言葉にされて突きつけられると、

不安や焦りが嫌になるくらい確かな重みをもってせまってきた。

しゅんとなるわたし。

わからないことがあっても聞けない。

〇〇さん、そう声をかけていたのに、

すいません、そう話し始めるようになっていた。

しばしば自分が、どうしようもなくダメな人間に思えるときがある。

成長の度合いなんて人それぞれってわかっていても、

気がつけば生まれた差を、意味もなく1ミリの誤差も生まれないくらいに何度も測り直し、

また広がった、って落ち込んでいる。

仕事をしていると、

ほめられることなんてまずない。

だめな自分に気づかされてばかり。

周りの人は、なぜこんなにも、自分から自信をうばっていくのだろうと思うことも。

でも、そんなときは、

そんなときだからこそ、

自分は自分の味方でいるべきなんだと思う。

だれも、自分がここにいる意味を教えてはくれない。

自分がここにいる価値もつくってくれない。

だからって、

自分はなんてだめなんだろう、なんて思う必要は全くない。

「人が言ってくれない言葉を、自分自身で唱える」

あるとき、どこかで見つけたことば。

だれも褒めてくれないのなら、

自分で褒めたらいい。

それはぜんぜんみじめじゃないし、

生きていくために必要なスキルだと思う。

先輩にできない現実を指摘された夜。

帰り道、誰もいない通りで少し泣いた。

久しぶりに泣いた気がした。

(そのくらいで、とバカにされることをわかって書くと、)

働くのが嫌になった。

早くお金持ちと結婚して、

家事だけやって暮らしたいと思った。

アパートについてから、

パスタをゆでながら、少しずつ気持ちがおさまるのを感じた。

もともとその先輩は、わたしのことを気に入ってはいないみたいだったし、

傷つけるために言ったんだと思ってみたり。

好き勝手に考えて、心がちゃんと収まるように

すきまを探す。

でもさ、あと少しだけがんばってみよう。

自分に対して、そうことばをかけたら、

一番気持ちが落ち着いた。

自分の味方でいる。

それは、甘やかすことじゃない。

できるやつだと自分を認める。

だからあと一踏ん張り。

そう言い聞かせることだって、味方でいなきゃできないこと。

休みが明ければ、

また先輩と会う。

気持ちを立て直したって、

すぐに変われるわけじゃないけれど。

そして、またわたしはきっと、些細なことばで傷つくのだろう。

それでもわたしはわたしの味方でいる。

誰も信じてくれなくても、

できるやつだとわたしはわたしを思い続ける。

それは生きていくために、とても大切なことなんだと思う。

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