養われるのは嫌。でもプレゼントをもらうのはいつだって嬉しい。/女の子の,(私の?)フクザツな気持ち/

社会人になって、

年の離れた(基本年上だけれど)異性ともごはんやデートに行くようになって、

いつも個人的にどぎまぎする瞬間がお会計するとき。

お金を払うタイミングってなんか難しいなって思うんですよね。

レジで変に譲り合うのも嫌だし

かといって、おごられにきているのかって思われるのも嫌だし、という。

すごく苦手な瞬間です。

上手に奢られたり割ったりできる人っていいなと思う。

今までごはんに行った男性は全部ごちそうしてくれたり、

割り勘だったり多めに払ってくれたり

人によってさまざま。

わたしは現代っこだし現実的だし自分が食べた分、遊んだ分は

自分で払うのがふつうだと思っています。

それに、結婚しても仕事をして、収入のある女性でいたいとも思う。

会社で怒られて落ち込んだ日には、

はやくお金持ちの人と結婚して専業主婦になりたいって思ってしまうけれど・笑、

でもやっぱりほしいもの(ひょっとすると余計なもの)は自分で買える人になりたいのです。

だって余計なものって、けっこうその人の個性を作る部分でもあると思うから。

例えばそう、趣味、洋服、髪型、メイクとか。

そういう個性を自分で働いてまとっていきたいんです。

だから、金銭面で相手に多く負担してもらうのをよしとはしていないんだ、自分は。

ってずっと考えていました。

でも最近、全部ごちそうしてくれたときや

何かのチケットを全部前もって準備してくれていたとき、

そうではないときに比べて

嬉しいって気持ちが強くなっていることに気がついて。

自分でも、え?なんでだろう?

自分で稼いで、ほしいものは自分で買って、

そういう人や生活に憧れているはずなのにって

不思議な気持ちで自分を眺めているときがあるというか。

それでやっぱり思ったのは、

養われるのは嫌だけれど、

プレゼントされるのは嬉しい

ってこと。

自立している人に憧れている。

自分でもほしいものは買えるし食べたいものは食べられる。

でも、あえて自分ではない誰かからそれをもらう。

それってやっぱり嬉しい、と思う。

プレゼントって中身も大事だけれど、

誰かからもらうからこそ意味が出てくる面もあって。

気持ちのない人からもらうのはうーんってなるかもしれないけれど、

そうでないのなら、

自分のためにしてくれているって事実は誰だって嬉しいんじゃないのかなって思うんです。

もしも結婚できたら、

仕事は続けて、

ふたりで生活費とかは折半して、そうやって生活を送りたい。

でも時々旦那さんが職場でもらっただれそれのお土産とか持って帰ってきてくれて

わたしにくれるとか、

そんな小さなプレゼントがあったらいいなぁって。

ちゃんと稼げる女性になりたい。

だけど時々プレゼントをされるような日々を送りたい。

ぜんぜん、毎日じゃなくていいんだけれど。

ちょっとした憧れ。

これって理想が高いってことになるのかなぁ??

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