恋している人のように。like someone in love

人恋しい季節になってきた。

ネットニュースかなにかで、

ハロウィンが過ぎたら、

クリスマス、バレンタイン・・・と独り身にはつらい季節がやってくると書いてあった。

そして、11月に、わたしは24歳になる。

たぶんその日もひとりで迎えることになりそう。

幸か不幸か、その日はお休み。

そういえば、去年もひとりだった。

ひとりで映画を見に行って(平日で、しかも休みだった)、

ひとりでケーキを買って、

ひとりで食べた。

「ああ、23歳だ。

なんでもひとりでできるようになったんだな。」

しみじみ、思った。

うれしさよりも、寂しさが勝った。

恋愛を覚えるころ、

わたしはなぜか、完璧な人が愛されるのだと信じて疑わなかった。

完璧なひととは例えば、

いつだって同じテンションを保っていられる人。

いつもきれいな人(何が、と聞かれたら例えば肌とか?)。

わたしはそれに遠かった。ものすごく。

だからわたしは、愛されないのだと信じた。

でも、何人かの人に好かれることはあって、

そのたび、わたしは、こんなわたしだから、

相手が”ほんとう”に気づけば、

愛されなくなるのだと、最初からいつもそう思っていた。

大学生のとき。

すごく大きな恋をした。

だれかとすれ違うたびに、その誰かが、その人と似ている何かをひとつでも持っていたら、

センサーが反応するみたいに、一瞬で背筋がのびた。

だってわたしは猫背だったから。

(猫背であることも、わたしはわたしを完璧から遠ざけるものだと思っていた。)

その恋は、ずっと恋としてだけ残って、

(ほんとは今も、ちゃんと断言できないのだけど)

わたし自身が、わたしの気持ちから逃げるように、

駆けて、駆けて、いつのまにか

思い出になった。

あのときから、もう誰かを好きになっていないな。

そう思った。

なぜか今日。

いまこの瞬間に。

電車が人身事故で遅延したからかもしれない。

動かない電車の中で、何にもすることがなくて、

ふとそんな記憶を、寒さの中でたぐりよせるように思い返していた。

来月には1つ年をとってしまう。

23歳にして、もう年をとることが不安だ。

なにも起きない日々が重なっていってしまうから。

だれかを好きになりたいなと思った。

そして、そのだれかと時間を費やして、

もっと好きになったり、

なんで好きになったんだろうと不思議に思ったり、

ちょっと嫌いになったり、

そんな自分に驚いたり、

嫌になったり、

かと思ったらどうしようもなく愛しく思ったり。

そうやって時間を重ねたいなと思った。

そんな時間の中にいるときに、

あの大学生のときのことを、思い出してみたいと思った。

ある作家が、

あとがきで、

「冷静にいえば、恋をするなんてばかげている」

と書いていた。

突き放すように。

それ以上に、

なのにどうしても突き放せないの、と、ため息をつくように。

愛しいって、

相手がいないと生まれない気持ちだなぁと思う。

たぶん誰かを好きになりたいだけじゃない。

それよりも、

わたしは好きという気持ちのあたたかさを、

内側に持っていたいのだと思う。

タイトルは、村上春樹のエッセイ集、「村上ラジオ」より引用したもの。

特に意味はないんだけれど、

なんだか好きな響き。

like someone in love

とってもきれいだなぁと思う。

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