ほぼ日のコラム、「自分になる訓練」を読んだ感想/そのエッセイに青春シンフォニーの歌詞が出てきていました!/

ラストアイドルネタのようで、

いや、やっぱりただの最近の気持ちをつづってみたようで、

いやいや、やっぱりラストアイドルの話もすこししたいな、みたいな。

今日はそんなブログです。

(でも結局書いてみたらほぼ雑記になってしまいました…あらら…)

最近職場でお昼休みによく、「ほぼ日」のサイトを見ています。

デスクでパソコンに向き合いながらのごはんなんだけれど、

なんとなく手持ち無沙汰になりがちだったので。

ふらふらサイトを巡っていて気になったのが、

山田ズーニーさんという方が書いている、

「おとなの小論文教室」というコラム。

その日読んだコラムのエッセイは、「自分になる訓練」というもの。

まずタイトルに惹かれてしまいました。

「訓練」。

なんか苦しそうな、しんどそうな響き。

でも嫌なかんじが不思議としない。鍛錬とかと違って。

だからかな、

すっすっと、気がついたらページにアクセスしていました。

その中で、山田ズーニーさんという人は、一文目にこんなことを書いている。

なんか心がざわざわするとき、
自分の納得ラインに何かが達していない。

はっとして、最初の一文から、わたしの(ための)文章だなってすぐにわかった。

正座して読みたくなるような。

自分の納得ラインに達していないって、まさに今の自分が感じていること。

自分は今の自分で、ほんとうにいいんだろうか。

そういうことを、最近よく考える。

大学を出て、就職をして、

1年3ヶ月で辞めて、

転職して、

ほんとうは土日休みがいいけれど平日休みという条件を受け入れ、

安いお給料で、

経理がやってみたいけれど違う仕事をしている。

今、満たせていないものを満たすためにがんばろうって、

そのための準備期間だと自分に言い聞かせながら毎日過ごしているけれど、

やっぱり自分の納得ラインに届いていない自分で毎日を過ごしていると、

心はときどき(わかっているようで)わかってくれなくて、勝手にざわつき始める。

ざわざわって感じは、すごく、すごく、よく分かる。

だから、一生懸命、そこを越えて、誰かを、今まで素通りしていっただれそれを、

ふっと振り向かせてやったようなそんな未来の瞬間をいっぱいイメージして耐えてみたりする。

イメージだけでは到底足りなくて、少しずつでも、行きたい方向へ行けるように、

コツコツできることからやってみてもいる。

努力の方法もそんなに多く知っているわけではないから、

結局やっているのは簿記の勉強とかそういったことになるんだけれど。

山田ズーニーさんも、なんだか自分未満だなって感じて、

苦しくなるときがあったらしく、

そういうときはコツコツ、自分のいろいろな面における限界を、

文字通りコツコツ叩くようにして、少しずつ「自分になっていった」らしい。

ズーニーさんが、そのコラムの中で、ラストアイドルグループの中の、ラブコッチが歌う、

青春シンフォニーの歌詞を引用していた。

「努力全部 私になる」

という歌詞を聞いた。
テレビでアイドルが歌ってて、
よい意味でひっかかった。

わたしもここの歌詞がすごく好き。

よい詞ってなんかシンプル。

「わたしいま、自分未満かも」みたいな、そんな気持ちの人ならきっと、

この詞がじわじわ広がってきてしまうのだと思う。

ズーニーさんは、こうも言っている。

「自分らしさとは、
けもの道を駆け上がるように生きて、ついた筋肉。」

洋服みたいにまとうものじゃなく。

あーほんとだ。「自分になる」ってそういうことか、

ってすごく腑に落ちた。

いま。

けもの道をのぼっているのかなってぼんやり考えてみるけれど

正直あんまりよく分からなかった。

でも、「自分になっていきたい」ってすごく強く思っている。

それは、自分未満であることの証で、

でも同時に努力するための原動力になるものなんだと思う。

最後に、ズーニーさんが書いていたこと。

ひとつ筋肉をつけると、
自分らしさは更新されて、そんな自分がまた、
新たな「自分以下」にさいなまれて、ざわざわする。

なんだ、

結局追いかけっこなのか〜って

24歳のわたしは、まだ1回目のざわざわ(でも10代後半くらいから続いてる。ロングざわざわ)

の途中にいることもあって、

ちょっとはぁー。ってなった。

だけど、それは、がっかりとはちょっと違っていて、どちらかというと、

なんだぁ。みたいなかんじ。軽く笑っちゃうような。

つまりずっと、このざわざわと戦っていくんだろうな。

投げ出すことが唯一の、ざわざわとさよならできる方法なのかも。

でもざわざわを感じない毎日を過ごしたい気持ちの何倍も勝って、

努力して、筋肉をつけて「自分になりたい」と思っている。

今の、自分未満から抜け出して、

つまりそれは新たなざわざわと出会うことでもあるけれど、

そんなふうに自分を更新してみたい。

「努力全部 私になる」

かぁ。

つんくさんの詞ってすごく深い。

だって。ほんとうにそうだと思う。

努力全部「結果」にはならないけれど、

努力全部、「私」にはなっている。

それは自分の経験からも言えること。

ざわざわが私を苦しめるようなそんな時間の最中にいるけれど、

自分はいまのがんばりでまた生まれていくんだなって

そんなことを思っている。

原文はこちら。

おとなの小論文教室。感じる・考える・伝わる!Lesson863 自分になる訓練

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