”好き”から”つきあう”、が理想だけれど…

今日も婚活の一環としてCさん(仮)とごはんへ。

ここまでくるとなんだかありすがわも慣れてきました。

緊張もせず妙に落ち着いているので、

相手の方はむしろ不思議だったかも、と思うほど。

わたしはけっこう一目惚れしがちで、

わりと外見から入っていくほうなのかもしれません。

でも、芸能人なみのルックスが好きなわけではなく…。

そこが逆になかなか人を好きになれない理由のひとつ。

ただただかっこいい人を好きになるのなら

難しくはないんです。

でもわたしが好きになってしまう人は、

「かっこいい人」の中から抽出した「ひとり」

ではなくて、

空いたピースに1ミリの誤差もないくらいぴったりと収まる、

かえのきかない人なんです。

ほかの「かっこいい」では埋まってくれない。

だからその人を失ったり

その人と離れたりして、

それでもなお、その空いたところに、

まるでもともとそこにあったかのように

埋まるものを探そうとしても、見つからないんです。

だってそこに入るのは、

その人しかいない。

わたしの恋は、いつも(そもそも数が少ないけれど)

そうやってはじまる。

埋まるほどの人しか、

好きだと認識できないんですよね…。

だけれど、婚活をはじめて、

もうそんなスタイルと別れよう、と思いました。

今までのスタイルだと代償が大きすぎるから。

「付き合う」ことと、

「好きになる」ことが

平行して進んでいってもいいじゃないか、

もっと譲歩して、

「付き合う」ことののちに、

「好きになる」ことがあってもいいんじゃないかなと

そう思うようになってきました。

今日の人も、会った瞬間にはまる人ではなかった。

だけど、好きになれるんじゃないか、

そう自分に問いかけながら、

時間をかけて

答えをだせばいいのかなぁと。

ありすがわは、もうずいぶん長い間、特定の「だれか」を好きになれてはいません。

大学生のときに、

いまだに拭いきれないほどの大きな片想いをしていて、

それが「好きになる」ことの最後です。

もう会うことのないであろう人。

わかっていても、

似た人を探している。

そんな自分に出会う。

そのたび、

このままでは前に進めない、と、

自分を叱咤したり。

今日も無意識のうちに、

大学生のとき好きだった人が、わたしに空けた場所を埋めれるかどうか

そんなことを考えていた。

その空いたところから、目を離してくれる人と出会いたい。

それが一番のきもち。

それを叶えるためには、

わたし自身が今までの方法とちがうことを自分に対して許したり、

あとひとつ待ってみようと決断を寝かしてみたり、

そんな変化を起こさなくてはいけない気がしています。

仕事でも、恋愛でも、人間関係でもなんでも、

変わるのはまず自分から。

人はそう簡単に自分のために動いてなんてくれない。

自分が変われば

ずっとずっと時間はかかるかもしれないけれど、

波が遠くの岸に届くように、

周りも変わっていくのだと思う。

今の自分にはいろんなことに対して、

そう思うことをやめないことが大事な時期である気がしています。

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