林修のことば。

YouTubeで暇つぶししていたときに、

たまたま

あの林修先生が、

ヤンキーたちに勉強することの大切さを教える、という番組に出会った。

そこで先生が、僕は受験一ヵ月前になったとき、生徒たちにこんな話をすると伝えた。

この一ヵ月がんばれるかどうか。

一ヵ月がんばって、落ちる奴、受かる奴がいる。

一ヵ月がんばらなくて、落ちる奴、受かる奴がいる。

絶対に、一ヵ月がんばらなくて受かる奴になってはだめだ。

「俺は一ヶ月すら頑張ることができない人間なんだ」

その思いを背負って生きていくことになるから。

そして続けてこうも。

人間、一ヵ月がんばれたら、一年頑張れる。

一年頑張れたら、十年頑張れる。

十年頑張れたら、極端な話、一生がんばれるよね。

自分への肯定感って、

自分がどれだけ粘れるか、

限界を突破できるか、

努力できるか、

そこにかかってくると思う。

そしてそれらは、

どれだけ粘れ「た」か、

限界を突破でき「た」か、

努力でき「た」か、

その過去の経験が支配している。

たしかに、1ヵ月さえも頑張ることができないんだ。

そんな気持ちを自分に抱きながら生きていくなんてぜったいやだな。

そう思った。

・・・なぜこんな話を書いたかというと、

わたし自身が、とある試験まであと1ヵ月、というところに来ているから。

20代前半の時間が少なくなっていき、

同時にもちろん、20代の時間も減っているわけで、

最近よく、残りの20代をどう生きるか、過ごすかをよく考える。

いろんなことを、かいつまんでいる人生じゃなくて、

(べつにそれも悪いことじゃない。これはただのわたしの価値観なんだけれど)

何かひとつの物事を達成するのに、

数年という長い期間が必要になるようなことにチャレンジして、

その期間を埋めてみたいという思いが芽生えていたり。

人生で、何かひとつにかけて、全力を注ぐような時間があってもいいなと思う。

・・・というより、

全力を注いでみたい、とすら思う。

わたしはここまで頑張ることができるんだ。

その気持ちを、肯定感を持ちながら、

30代になれたらいいな、そう思っていて。

たぶんわたしは自分に対して、挑むことが好きなのです。

そして10代後半から20代前半にかけて、

頑張ったけれど、叶わなかったことたち。

その出来事が自分を弱めるのにどれだけ大きな力になってしまったことか。

それを知っているから、この20代という時間のあいだに、

頑張って、叶った経験をして、

わたし自身の力で、わたし自身に、

もう一度力を与えたい。

そう思うんです。

ひとまず、第一歩目の資格試験まであと一ヵ月。

一生がんばれるやつになるために。

そのための一ヵ月が始まる。

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