【映画レビュー】博士と彼女のセオリー

最近出会った人におすすめされて、「博士と彼女のセオリー」を鑑賞。

結論からいうと、とってもよかったです。

物語は、

ASLに侵されたホーキング博士と、その妻の出会いから、半生までを描きます。

恋愛映画のようで、闘病映画のようで、

でもやっぱりどっちでもない。

最初のわずか数十分だけきらきらした大学生どおしの惹かれ合う様子があって、

ホーキング博士がASLと分かったあとはひたすら苦しい。

その苦しさは、病気が進行していくことを見せられることからくるものだけじゃなく、

むしろ、2人の気持ちの変化を見ることからくるものが大きくて。

車椅子生活の夫がいて、子どももまだ小さくて、

奥さんは手が回らない状況。

そんななか、助けてくれた男性に奥さんがなんとなく惹かれていく。

その気持ちを奥さん自身が抑えようとする様子が

まず苦しい。

見ている側としてはもちろん夫婦として2人が幸せになってほしいけれど、

逆に夫婦であるからこそ、

こうしなきゃこうあらなきゃっていう強制的な感情で

奥さんがすごく抑圧されているような感じもあって。

夫婦という形で男女がいることの大変さをひしひしと感じます。

さらにホーキング博士自身もヘルパーさんに恋をしはじめて、

その2人が2人の世界を持ち始めたり。

それを見ている奥さんを見せるという巧みな構図にこれまたぎゅっと苦しくなったり。

結局最後に、

ホーキング博士は彼女(奥さん)に別れを切り出すのですが、

そのシーンは思わず涙がでました。

アメリカでの学会に、奥さんではなくヘルパーさんについてきてもらうことにした、

と機械の声が話すときの奥さんの表情がすごく印象的なんです。

ここまで尽くしてきたのに裏切るの?

って感じはなくて、

あーきっと2人はちゃんと心の中で、

もう私たちは恋愛感情ではつながってないって分かっていたんだなっていうのが分かるんです。

ずっと、2人でふろしきで隠していたものを、ホーキング博士ががばっと剥がすみたいな。

ついに剥がしちゃったのね、っていう奥さんの表情。

来るべきときが来た、っていうかんじ。

ホーキング博士はもう声帯がなくて声を出すことができないので、

機械で言いたいことを打ち込んで、機械が変わりにしゃべるのですが、

機械のボタンを押すときのホーキング博士の迷いやためらいもすごく丁寧に描写されていました。

直接的な言葉ではないにせよ、

離婚を切り出したのはホーキング博士なわけですが、

奥さんが「あなたを愛してた」

っていうんですよね。

そのシーンはいちばん苦しいシーンだなと思いました。

愛してないって言われるよりももっとぐっとくる。

あったけれど、なくなっちゃったっていう儚さを感じます。

出会って、2人で困難に立ち向かって、その結果別れることになって…、

現実は厳しいなと思わずにはいられないけれど、

でも、それでも誰かと生きてみたいなと思わせてくれる、

不思議な映画でした。

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