二人の場合(単行本「風」より)/青山七恵

最近はまっている作家さん、

青山七恵さんの短編集「風」より

「二人の場合」を読んだので感想をメモ。

あらすじ

下着メーカーの会社に、新卒で入社した未紀と実加。

企画部を希望していながら、二人が配属された先は営業部。

不本意な配属に不満をもちつつ働く二人は、

営業成績で下位を独占する落ちこぼれになってしまう。

二人とも、

友だちが少なかったり

嫌いなものが似ていたり。

次第に二人は、文字通り親友になるのだけれど、

実加は結婚して家庭をもち、キャリアウーマンに、

一方、未紀は転職し、クラリネット奏者になったことで

二人の間に徐々に溝ができていく。

わたしの一行

最後に互いに会ったのがいつのことなのか、実加も未紀も徐々に忘れていった。

ただしそれはこの二人の場合に限ったことではなく、最後に会った日のことを一片たりとも思い出せない人々が、彼女たちの人生にはそれから数知れず現れた。

感想

ライフスタイルが変わると、

人間関係が変わる。

それって悲しいけれど、

でも、自然なことだなと思う。

わたしはわりと、深く狭く人間関係を築いていくから、

「二人」という最小単位で成り立つ関係をよく持つことになる。

ちょうど恋人関係がそうであるように、

「二人」で過ごす時間って複数で過ごす時間よりやっぱり濃い。

だから別れが来たとき、

それをなんとなく見逃すことはできないし、

もちろん、やっぱり友だちだから

もう会いません、さようなら、なんて言わないけれど、

でも、さようならだなってちゃんと頭と心で感じる。

そういうとき、

とてもさみしい。

一大事だなと思う。

実加も未紀も、そう思ったと思う。

だけど、この物語の最後の一行、わたしの一行に選んだ文を読んで、

はっとした。

二人が出会った経緯、過ごした時間の中身、それらは他にない特別なものだけれど、

こんなふうに、「別れる」人たちで、本当は人生って溢れかえっているんだと。

正直なところ、最後の一行を読んだとき、

突き放されたような気持ちにもなった。

ここまで、さみしいなって思わせながら、

そこまで感情移入するのって馬鹿らしくなるほど、

こんなことばっかだよねって言われている気がして。

でも、どんなに別れることがありふれていても、

やっぱり別れることはさみしいな、と思う。

いくらその別れが数知れず現れたとしても、きっと何度でも、さみしくなる気がする。

私たちが出会うのって、

線が交差するみたいな感じで、

出会ったら、必ずいつか離れていかなくてはいけない。

ずっと一緒ではいられないんだよね。

一回会ったっきりさようならだったり、

ふとしたときにまた思いがけず出会ったり、

それはそれは色々な交じり方があるけれど。

社会人になると、

学校みたいに強制的な場所はなくなるし、

生活はひとりひとりかなり個性的になってゆく。

結婚するか否か、

お給料の違い、

住むところの違い、

仕事に対する考え方の違い、

人生に対する考え方の違い・・・。

自分が固まっていくってことは、

何かを選んでいくということで、

それはイコール、

何かを捨てていく、

そういうことなんだろうなとふと思い、

「二人の場合」ではなく

「わたしの場合」の別れを思い出しながら、

ちょっとだけ感傷に浸って、

これから出会う人の、出会いの場面だけを想像し、

やっぱり未知なるものに期待する自分がいた。

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