夢を言葉にしてみたら。

最近、「言葉」にするようにしている。

夢のこと。

やりたいこと。

叶えたいこと。

少し前まで、

なぜかは分からないけれど、

自分の欲について、すごく隠したいって気持ちを持っていて、

こうしたい、

ああしたい、

そういうことを全然言えなかった。

でも夢って、言葉にすると

目標にかわる。

それは夢よりもっと、

形をもった、強いもの。

言語化するって、大事なことかもしれない。

そんなふうに最近思う。

この間、

職場の先輩に経理をしたいって言った。

そしたら、簿記の資格をとりあえずとろうか、

あとは目の前の仕事をがんばることだね、

そしたら異動は叶うよ

と言われた。

つい先日、

旧友に作家になりたいって言った。

そしたら、とにかく始めなきゃだめだよ

Webライターとかいろいろあるよ

とにかくやってみないと、と、

そう言われた。

夢を伝える相手は、誰でもいいわけではないと思う。

夢を掴みさせたいと思う人も、

夢を摘みたい人も

両方いるから。

人はたぶん、生きていると、

叶えることより

諦めることを学ぶ。

そうするうちに、

だれかの夢も摘みたくなってしまうんだと思う。

自分とおんなじ、にしたくなるんだろうな。

だから、我が道を行く、そんな生き方をする人にこそ夢を話すことにしている。

そういう人は、

すべてが、とはいかなくても、

叶う夢もあることを知っている。

だから、やるべきことをやれという。

道が分かれば、

あとは進むだけ。

進むかどうか決めるのは他でもなくわたし自身だけど。

むかし、

誰かが、生きていくことはたくさんの扉を閉めることだって言った。

すると別の誰かが、

生きていくことはたくさんの扉を開けていくことだと言った。

いろんな可能性、選択肢。

開いて閉じて、

見つからなくて

落胆して。

それでも失えない夢だから、

わたしは追いかけ続ける。

会社では経理の総合職につくこと。

プライベートでは作家になること、

この人 !と思えるパートナーを見つけること。

まだ叶うかどうか、

ほのかな可能性を感じさせる風も吹いてこない。

それでもちゃんと言葉にできる。

触れることのできるものたち。

思うのだけれど、

チャンスって、人にしか運べないものな気がする。

だから、”人” に訴えかけて、

運んできてもらわないといけない。

運んでこようそんな気持ちにさせなきゃいけない。

夢を伝えること、

それは宛先を伝えること。

努力すること、

それは運んであげようかな、その気持ちをうむこと。

どちらも必要で、

どちらもなければいけないんだよなぁ。

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