努力は出すべき?隠すべき?

むかーし、

黒木瞳さんと秋元康さんがNHKの番組で対談していて

(たしかじぶんにとって大切な10曲を持ち寄るって番組)

そのなかで、黒木瞳さんが、宝塚時代に先輩から教わったこととして、

「努力を他人にみせる」ってことを挙げていた。

秋元さんが、それを聞いて、良いことを習いましたねって言ってたんだけれど、

そのときわたしは初めての価値観に出会ったかんじがして、

すごくびっくりしたのを覚えている。

それまでずっと、努力なんてだまってやるもので、

結果をみせなきゃいけないんだって、

むしろ結果しか見せるべきじゃないんだって、

そんなふうに思っていたから。

でもなんだか最近、

みせることの必要性みたいなものもなんとなくわかってきたような気がする。

努力でいちばん論議されているのって、

結局のところ、努力は報われるのか、報われないのかってところだと思うんだけれど、

冷静に考えたら、物ごとって努力だけで進んでいるわけじゃないし、

たとえ上手くいってもいかなくても、原因を努力ひとつに絞ってしまうのはなんか短絡的だなぁと思ってきたり。

それよりもっともっと物ごとを前に(後ろに、左右にってこともあるかも)進めていくのは、

周りの人の力だったりするんじゃないかなって思って。

福沢諭吉さんが、天は人の上に人をつくらずって言ったのはあまりにも有名だけれど、

考えてみたら、現代のかなりの部分で人が人の運命を握っちゃってる。

だから、行きたい方向があるときは、誰かに推してもらうことも必要だと思う。

絶対的に。

誰かの力って、ときどき自分の力より強大で、

どうしようもなく逆らえないから。

じゃあどうやって推してもらうかって考えると、

やっぱりがんばりを「見せる」ことじゃないかなぁと思う。

全員が全員とはいかないけれど、

けっこうみんな、頑張る人に優しい。

だって、頑張ることがしんどいことだって、

自分の身をもってみんな知っているから。

しんどい思いしてもやろうとしてるんだなってことが伝わったら、

力を貸したくなっちゃうんだと思う。

努力や運命や環境や周りの人の力や…、

結果を左右するものはたくさんあって、

ひとつだけに頼ってはやっていけない。

でも、努力はそのほかのいろんな要因を導く力があると思う。

見せる良さ、隠す良さ、

どっちもあって、どっちも素敵なんだけれど、

大前提として夢を語る人じゃなく、

夢に向かっている人であることが結局大事なんだと思う。

だから、小さな目標を積んだ先にいちばん叶えたいものを置いておいて、

小さな目標を達成するたびに誰かに報告して、

結果のような、努力のようなものを「見せて」いくのがいいのかなー。

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