周りに抱かれる、自分に対しての第一印象を受け入れる

今年は、はじめて合コンにいったり、

転職したり、meetupに参加したり、

読書会とか、イベントに出かけたりするようになって、

初対面のひととたくさん出会った。

そこですごく思ったのは、初対面の人から見られるわたしの印象って、

すごく似通ってるなってこと。

同性からも、異性からもそうなんだけれど、

なぜかわたしはすごく純粋そうって思われる傾向にあって。

最初、それはたぶん、わたしが猫かぶってるからなんだと思っていた。

でも、素の自分でいられるなっていう数少ない友だちからもそう思われていることが分かって、

もしかしたらわたしは本当に”純粋”な人なのかもしれない。

そんなことを、他人に抱かれる自分に対しての印象からふと思ってみたり。

よく思うのだけれど、

たぶんみんな、自分が思う自分(これは思われたい自分って意味じゃなく)

と、他人から思われる自分が違っていて、

その差が激しいと生きづらいな…ってなっていく。

わたしの場合、その”差”がけっこう激しくて、

なんかこうすごく生きづらいなって思っていた。

やわらかい人でないといけない。

やさしくなきゃいけない。

だってみんな自分のことそう思っているから・・・

でも、ふと思った。

他人にこう思われているっていう感覚も、結局は自分の中から生まれるもので、

相手が直接差し出してくれるものではないんじゃないかって。

今年、たくさんの初対面と出会って、

自分では純粋とか、ピュアとか、そういうものから遠いって思っていたけれど、

ほんとは、本当に遠いのは、

自分の考える純粋さやピュアさで、

世間一般から考える純粋さやピュアさには十分なのかもしれないな、と。

そう考えると、

自分の思う純粋に自分はぜんぜん届かなくても、

だれかをがっかりさせるわけじゃないし

このまんま、自分のまんまでいいのかって割り切れるようになってきた。

これはけっこう大きな発見で。

第一印象とか、雰囲気とかって、ほんとに不思議なもので、

世間にはいろんな感覚や個性を持った人がいるのに、

ひとりの人間に対してのカテゴリー分けは、なぜかほとんどおんなじ。

なぜなんだろう??

考えてみたら、人って、服装とかメイクとか、髪型とか、

もしそれらが制限されていたとしても、言葉遣いとか所作とか表情とか

わずか数分でもけっこうな情報を相手に渡すことができるし、

そういうのを、今まで出会った人から照らし合わせて

瞬時にカテゴリーわけしてるんだと思う。

しかもそれって意外とあたってたり。

他人から思われる自分を受け入れてみたら意外と生きやすくなるのかも。

いろんな初対面の人から第一印象をもらって、そんなことを考えたのでした。

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