未来に楽しみをもつこと/小説の講座に申し込んでみました/今日のダーリン

数日前、ほぼ日の「今日のダーリン」にて、

こんなふうなことが書いてあった。

(ほぼ日の今日のダーリンはアーカイブがないので、

完全に原文のままではありません、悪しからず)

未来になにか楽しみなことがあるってすごくいいことだ。

例えば、週末恋人と会う約束をしているとき、

会うまでの時間は我慢しているともいえるけれど、

会うという楽しみに向かって、助走しているともいえる。

そう考えると、「楽しみ」に向かっている時間、

準備の時間も、その「楽しみ」の中に立派に内包されているといえる。

たしかこんな文章だったと思う。

すごくいいなって思ったのは、「助走している」っていう表現。

ふわりと始まるかんじ。

糸井さんの文章は、柳みたいだなぁとときどき思う。

細いのに折れない意外性をもってる柳みたいに、

なんかこう、強くて、ぐぐぐと迫ってくるのに、

ちっとも強迫じみてなくて、むしろかわいい感じがする。

すてきな二面性。

12月になって、来年のことを考え始めた。

やりたいことは結局そんなに変わっていなくて、

たぶんそれはようやく時間をかけて取り組むべきことに出会ったからだと思うんだけれど、

1つは簿記の勉強を続け2級をとり、経理部に異動したい(←こっちは願望)ということ。

2つ目は新しく小説を書き、新人賞に応募すること。

そして先日、2つ目の「やりたいこと」を確実に「やる」ために、

来年、2018年の1月から3ヵ月間、カルチャーセンターの「小説講座」に通うことにした。

2年前、宣伝会議のコピーライター養成講座に通っていたぶりの

スクール(といえるのかはよく分からないけど)通い。

村上春樹さんや、宮本輝さんの編集を担当していた方が講義をしてくれるみたい。

そういえば、

たしか、コピーライター養成講座に通うと決めたときも、

ものすごく胸が高鳴った。

だれかに、自分を見てもらうってこと。

どんな評価が下されるんだろう?

不安と、高揚感と、いろんな気持ちがまじっていた気がする。

そして、たくさんの言葉の中で、自分の言葉が先生方のなにかにひっかかったという事実。

自分の言葉に、振り向かせる力があるって思えたこと。

言葉で何かをしてみたいと、そこに通ったからこその気持ちが生まれたのを覚えている。

コピーを書くことと、物語を書くことは全然違うと思うけれど、

言葉を使って、誰かをつかまえたいって思いはずっと変わらない。

わたしは書くことはもちろん好きだけれど、

書いたものを見た(読んだ)人の反応を見るのが大好き。

でも知り合いにみせるのはなんだか恥ずかしくって、

だからそういう場で、「わたし」を何にも知らない人に、

わたしから生まれる言葉を読んでみてほしいと思う。

もちろんコピーライター養成講座に通っていたときも、

なんだこのだらしないコピーは、的なことを言われることもあって、

うえーんってなることもあったんだけれど(っていうかその方が多い)。

1月からがすごく楽しみで、

ああ、これが糸井さんのいう助走なんだなと気づいた。

来年は3月まで講座を受けて、小説を応募して、

6月には簿記の試験があって、と前半はやることがいろいろ。

わたしの楽しみは、いつだって「踏ん張り」みたいなものが含まれている。

小説も、楽しみだけれど、

当たり前に書かなきゃ始まらないし、

簿記に至ってはテキストを読んで、電卓たたいて、問題といて…、

っていう作業のくりかえし。

人によっては苦痛かもしれないぐらい。

でもなぜか、わたしはうーんって唸ったり、

あーって投げ出したくなったり、

そういう瞬間のある楽しさが好き。

べつに歌って踊ってっていうのが好きな人はぜんぜんそれで構わなくて、

それはたぶん個人の好みみたいなものだと思う。

好きなタイプみたいな。

未来の楽しみと、それにつながる今日の踏ん張り。

すてきな陸続きだなって思う。

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