人は人に種を蒔くために産まれてきた

アナザースカイという番組が好きなんですが、

500回放送記念をこないだやっていました。

名場面集みたいなかんじで、

いろんな著名人がでてきて、

それぞれにいろんな言葉を落としていきます。

その中で、ぐっときたのがこれ。

人は人に種を蒔くために産まれてきた

こんなふうに人生を表現できるってなんて素敵なんだろうって、そう思います。

有名な人じゃなきゃ

力がある人じゃなきゃ

成功している人じゃなきゃ

誰かに種を蒔くことができないわけじゃないとわたしは思う。

誰もが、誰に対してだって種を蒔くことのできる可能性を持っている。

もしかすると、蒔いている本人すら蒔いていることに気づいていないのかも。

ぽろぽろとこぼれているような、そんなイメージなのかもしれないなぁと思うんです。

角田光代さんの「今なにしてる?」

っていうエッセイに「相性」というテーマで書かれた文章があって、

それをこの言葉を聞いたときにふと思い出しました。

「相性」の文章を要約するとこんなかんじ。

男女に相性なんてない。

ただ、だれかといることで、その誰かによってクローズアップされたり

強調されたりする自分を好きになれるかどうかなんだ。

これは、種を蒔くってことと少し似ているような気がしていて。

人と出会うことで自分の中の何かが目覚める。

それは一見、自発的な雰囲気をまとっているけれど、

本当は出会ってぶつかりあった誰かが、種を自分という土に落としてくれて、

その結果産まれた(発芽した)ものなんじゃないかなぁという気がしているんです。

考えてみれば自分が起こす行動もかなりの部分が他人から影響を受けてのことだったりします。

それは別に尊敬していると自分が認識している人ばかりではないんです。

きっとこの先もう会う機会はないだろうなっていうような、

袖が一瞬触れ合ったぐらいの相手だということもあったり。

そしてだからこそ、

わたし自身も誰かに種を蒔いていることがあるってことをちゃんと分かってなきゃいけないなって思うんです。

意図せずとも背中を押しているかもしれないし、

その人の意識の向きを変えているかもしれないし、

いろんな可能性が自分にもある。

それは驕りではなくて、

むしろ謙虚さにつながっていくものだと思います。

種を蒔く本人だって種を蒔いているその瞬間に気づけないのだから、

せめて丁寧に向き合っておきたい。

人と出会って向き合って

種を蒔いて蒔かれてって、

生きていくのって他人ありきなんですよね。。。

運んでくれた種に対しては一生懸命育てあげていきたいし、

自分が運ぶ種に対しても磨きをかけていかなくてはと思う今日この頃。

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