あこがれを大事にする。

少し前、

東京にありすがわより1年遅れて出てきた友だちと話していた時のこと。

仕事はどう、と話をして、

なんとなく彼女の同期のはなしになった。

すると彼女がこんなことを言っていた。

「同期でね、地方出身の子がいるんだけど、

表参道とかにあこがれて、

わざわざそこで髪きってもらってるんだって」

と。

ちょっとばかにするニュアンスだった。

ふーん。

わたしは興味のないふりをした。

だってわたし、表参道大好きだもん。

そして、表参道って言葉に、過剰に反応して

意識高い系?が行くところ、

庶民には近寄りがたいところ

と思っている人が多いことも知ってる。

わたしも立派な庶民なんだけど。

だからどこに遊びに行くのって聞かれたら、

「定期区間だから」表参道とかかな、

って答える。

わたしもそうやって、自分が勝手に

東京に憧れている地方民、にカテゴライズされるのを防いでいる。

内心、めんどうだなぁと思いながら。

髪くらい、どこで切ってもいいじゃない。

そう。

実はわたしも、以前、表参道までわざわざ電車にのっていき、

髪を切ってもらっていました。

なんでか?

それは、その場所にあこがれていたから。

街自体がブランドみたいな気がしていた。

いま、わたしは神奈川に住んでいて、

もう髪を切るためだけに東京にいくことはないと思う。

直接的な理由としては、

転職して節約しなくてはいけなくなり、

お金をかけるべきはそこではないと判断したから。

そして、

1年ちょっと通ってみて、

そこでないといけない理由も特にない気がしたから。

憧れていた街が、

なんども訪れることによって

手のひらにしっかり降りてきて、

(いまでも大好きな街だけど)

素で歩ける街になった気がするんです。

わたしは「憧れ」って、すごく大事にすべき気持ちだと思う。

あこがれの街、

あこがれの人、

あこがれの暮らし。。。

たぶん何かに恋いこがれるような、そんな気持ちをもっているときって、

端からみたらちょっと

幼いというか、

かわいらしいというか、

そんな感じなんだと思う。

でも、「あこがれ」は人を動かす。

わざわざ遠くまで行って髪を切るなんて面倒くさい。

そのはずなのに、

「あこがれ」があれば

行きたくなってしまう。

そして行けてしまう。

すごく、エネルギーをもった気持ち。

だからばかにされるかも、

と思ったとしても、

その気持ちを大事にもって、

その気持ちに従って動いてみるほうがいいんじゃないかな、

そんなふうにわたしは思う。

わたしもいま、会社で

「あこがれ」の人がいます。

女性で、すごくきれいなひと。

仕事もばりばり。

でも家庭も持っていて、

子育てもしている。

そんでもっておしゃれ。

かっこいいなぁ、

いつもそんなふうに思っていて、

たぶんそんなふうに思っているあいだ、わたしは幼くなっている。

上手に年を重ねるために、

いま何をすべきなのか、

その人を見るたび考えます。

その考える時間も「あこがれ」がくれたもの。

だれに笑われてもべつにいいのです。

ああなりたいな、その気持ちで人は育っていくのだから。

わたし自身も、だれかのあこがれを、

嘲ないでいよう、

そんなふうに思っています。

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