個人的にすごく好きな、さんまさんが語った、ファンとのエピソード。

いつだったか、テレビで明石家さんまさんが語った、ファンとのエピソードで

すごく好きな話がある。

むかし、さんまさんは移動中に、1人のファンに呼び止められ、

そこで、その人にサインを求められた。

さんまさんが快く応じようとすると、その人が差し出したのは

お弁当とかについてくる、箸が入っていた紙の袋。

正直、さんまさんはこんなものに書かせるのか…と思ったけれど、

まあいいか。とサインをしてその場を去った。

そして数年後。

さんまさんはそのファンの人と偶然再会する。

その人はさんまさんにサインをしてもらった箸袋を、

大事に、財布の中に入れて持ち続けていて、

あのときのサイン、としてさんまさんに箸袋を取り出して見せた。

それ以来、さんまさんは、どんなものにだってサインをするようになった。

このはなし、すんごい好きなんですよね。

さんまさんって、いろんな人と出会ってると思うし、

それだけエピソードの数も多いと思うんだけれど、

その中でこの話をするってことは、やっぱり余程感動したからなんだと思うんです。

書いたって、どうせ捨てられるんだろうな。

その予想の裏切り。

まさか、から来る感動。

やっぱり想像をこえるってすごく大切なんだと思う。

あともうひとつこの話が教えてくれたのは、

「なにがどうであるか」

っていうのは、その瞬間には正しくはわからないこともあって、

時間をかけてわかっていくこともあるんだってこと。

その瞬間、失礼な人だなって思っても、

あとになってからなんて丁寧な人なんだ。って気づくこともある。

それは、判断を下す側として覚えておくべきことでもあるし、

逆に下される側としては(今はこっち側にいることがほとんどだけど)

あ、ダメな奴だと思われてるな

たいしたことない奴だと思われてるな

そう感じたときに、思い返したらいい。

いま、自分が周りからこう思われていて、

その”こう”の部分が思うようにいかなくても、

その一瞬の周りの判断は正しいことばっかりじゃない。

時間がかかるかもしれないけれど、覆すことだってできる。

さんまさんがこのエピソードをずっと覚えているように、

想像をこえたときのインパクトってすごいものだから。

わたしも、社会人をやって、品定めされることも多くなって、

聞きたくないけど自分への評価に耳を傾けなきゃいけないときがあったりして。

思うような評価なんてめったにもらえやしないけれど、

そういうときはいつもこの話を思い出して、

ぜったい「はっ」とさせてやるんだって思っている。

相手に息をのませるような瞬間をつくれるっていいよなぁ。

それがじぶん自身の成長をもって、だったりしたら、

その人は確実に輝いてるはずだし、

そうなりたいなってすごく思う。

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